20代の転職活動

私が社会人になって初めて転職したのは1998年、28歳の時、たしか1995年に世界をつなぐインターネットと、ウィンドウズ3.1というパソコンが世の中に浸透し始めたころで、まだ今のようにインターネットが発展していなかったため、「パソコンやスマートフォンで転職サイトに登録して履歴書と職務経歴書のデータを入力して求人募集している企業へメールで応募」、などという簡単かつスピーディーな応募活動はできませんでしたので、履歴書は手書き、さすがに職務経歴書はパソコン(ワード)で作って、それを印刷して封筒に入れて応募先企業の人事部に送って、面接に進めればラッキー、そうでなければそのまま応募書類が送り返されてくるという感じ転職活動でした。

社会人になって初めての転職は、結果オーライではありましたが転職活動としては失敗でした

社会人になって初めての転職の際は、会計事務所から一般企業への転職希望という事で畑違いの職種への転職を希望していたのですが、会計事務所の方は既に退職してしまっていてスグに次の就職先が決まっていた訳では無かったため、次の就職先が決まる半年間ぐらいはアルバイトをしながらの会社探しとなってしまいました。

この後見つかる転職先企業では、社会人として、経理総務業務をゼロから身に着けることができましたし、その後の経理総務人生の基本を学ぶことができたので、転職内容としては良い結果となりましたが、半年間も定職につけないと本当に心がすさんでいくので、転職活動としては人に自慢のできない失敗例となっていまいました。

ハローワークでの仕事探し

大学を卒業して最初に勤めた会計事務所へはハローワークの求人情報をキッカケに就職することができたので、このときもまずハローワークでの求人情報を頼りに転職活動をスタートしました。

三カ月ぐらいで10社~20社ぐらいに応募書類を送ったと思いますが、面接には一切進めず書類は全て送り返されてきてしまい、「もしかしたらこのままどこの会社にも就職できずにフリーターとして生きていかなければならないのかな~」と、不安ばかりが募る毎日を送っていました。

郵便ポストに応募書類が戻ってきたときはいつも肩を落として

「またか・・・」

みたいな感じで、悲壮感いっぱいの病んだ人間になっていましたね。

またこの時は、実家住まいで家賃と食事は親に面倒を見てもらえていたので、親のスネをかじって甘えさせてもらっていました。

またその時は実家で読売新聞を取ってくれていたので、新聞と一緒に配られる折り込みチラシは欠かさず目を通していました。

あまり希望通りの求人情報は見つかりませんでしたけど・・・

人材紹介会社から声がかかる

ハローワーク以外にも、新宿や神田や新橋など首都圏沿線沿いにある小規模な人材紹介会社に登録して、求人情報があれば紹介して頂き、やはり履歴書と職務経歴書を送って応募先企業の要望に合えば、面接の機会を作ってもらい面接に行く、という事もやっていました。

そしてようやく幸運が回ってきたのが前職を退職してから半年後、たしか当時、新橋にあった人材紹介会社だったと思いますが、会計事務所での月次締め処理業務の経験および給料計算や年末調整などの総務労務業務の職務経歴が注目され、面接の機会を作ってくれる会社があるという話しを頂きました。

従業員数10名程度の商社でしたが、親会社(メーカー)が隣接していて業績は安定、当初から希望していた一般企業の経理総務部の人員の募集ということで断る理由が一つも無かったので、面接の機会を設けて頂き、直属の上司になる予定の経理総務部長とお会いして色々と話しをさせて頂き、数日後、見事、採用というお返事を頂くことができました。

10人規模の小さな会社だったので、売上を上げてくれる営業部以外には経理総務部しかなく、その分、経理総務部のやるべき業務は多岐にわたり、請求書の発行から日常の仕訳業務、月次締め処理、勤怠管理や給料計算や年末調整などの労務業務、いわゆるバックオフィス系の業務を網羅して経験できたので、

「受注、発注、仕入、販売、売上、入金、支払い」

という会社業務の一連の流れや仕組みを理解することができました。

50歳になった今振り返ってみると、この会社での経験が、その後の数々の転職に多いに役立つことになるのですが、会社業務の根幹に関わるオペレーションについて最初から最後までの流れを感覚的に理解することができたのは、今でも本当に大きな財産になっていますし、どこの会社に行ってもスグに使える業務スキルを身に着けることができたと自負しています。

30代では転職2回、さらに派遣契約で4社